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June 25, 1999

日本フィル第511回定期演奏会

 ヤルヴィという指揮者について僕は多くを知らない。エストニアというあまり日本と関連のない、旧東側の国の出身。僕が知るのは、80年代になってからのスウェーデン・イェテボリ交響楽団でのBISへの一連のレコーディングに接してからである。北欧のオーケストラらしく、シベリウスやグリークのレコードを聞いて感心はしたものの、特に印象に残った演奏はなかった。むしろ、80年代後半のショスタコーヴィチの交響曲全集での演奏からどっしりとした腰の座った印象を受け、北欧のオーケストラなのに面白いな、と感じたことを思い出す。

 そして、99年6月25日夜。僕は初めて、ヤルヴィの音楽を知ることになった。まず、プログラムを見て「おやっ?」と感じた。だって「英雄」が先なんだもん。この選曲でヤルヴィがニールセンに自信を持っているんだろうな、と推測はできた。そして、僕がよく知っているこのオーケストラ、日本フィルはこうした曲の演奏に向いているような気がする。ひょっとしたらいい演奏会になるかも、と僕の期待は膨らんだ。

 照明が落ち、大股でヤルヴィが登場。そうそうこういう風貌の人だったよな、この人。イェテボリ交響楽団を指揮したレコードのライナーノーツの写真を見て、笑ったことがあったっけ。ハリウッドのコメディ俳優、ダニー・デビートに似てるんだよね。でもなかなか颯爽としてカッコイイぞ。
ヤルヴィは大股のまま、指揮台に飛び乗ると同時に拍手が切れるのを待たずにタクトを振り下ろした。ふわっとした印象で「英雄」の最初のEsの和音が響いた。神経質なところのない音楽だ。オーケストラも余裕があるように感じる。

 そしてニールセン。知っていますか? この「不滅」という交響曲は「大オーケストラのための」というキャプション付きの楽曲であることを。というわけで、サントリーホールのステージを埋め尽くす3管編成のオーケストラが現れた。こうでなくちゃ。日本フィル。
 演奏が始まった。なんて生命力に溢れた音楽なんだろう。これと比較したら、さっきのベートーヴェンなんてまったく死んだような音楽だ。エネルギーがいろんな色でいろんな方向に飛び交って行く。第1部の冒頭から圧倒的な展開だ。日本フィルに限らず日本のオーケストラはソロになるとちょっとヒヤッとすることも多いのだが、この曲が極度に難しいアーティキュレーションもなく、テュッティで勝負という性格が強いため、まったく不安なく聞くことができた。

 楽曲の構成はブラームスに例えられることも多いというニールセン。しかし、僕の印象ではブラームスとの類似点はあまり感じられない。音楽は「デュナーミク」つまり音の大小と「アゴーギグ」つまりテンポで表記されるわけだが、ニールセンの音楽にはもうひとつ最初から「色」が織り込まれているように思う。もちろんニールセンだけでなく、「色」を考慮に入れたコンポーザーは多かったはずだけれど。ブラームスもベートーヴェンも、僕の考えでは単色の濃淡で描けるような色彩感を感じない音楽なんだ。この夜のニールセンはまさに原色の輝きが見えるような演奏だった。日本フィルもよく頑張ったと思う。金管セクションの演奏もまったく不安のない立派なものだった。それに打楽器。今夜の「色」は第2部のティンパニーの打音にさえ感じられた。そしてコーダで戻ってくる第1部冒頭の主題が高らかに響き、僕の生ニールセン、生ヤルヴィ体験は終わった。この曲はレコードで聴くだけでは分からない魅力があるな、と思う。あなたのお家のオーディオシステムはどのくらい「色」を聴かせてくれますか? どれくらい「音」「色」(ねいろ)に宿るエネルギーを伝えてくれますか?もし、「不滅」の演奏会があったら、是非一度足を運んでみてください。きっととても幸せな時間を過ごせると思います。

●演奏曲目
 ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 「英雄」
 ニールセン:交響曲第4番 「不滅」

●演奏
 ネーメ・ヤルヴィ(指揮)

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