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March 11, 2005

チェリビダッケのブルックナー

bruckner7 週末は水戸へ。いつもながら妻の展示会開催中。大船、藤沢、鎌倉と来たけど、水戸ってどのくらい遠いのだろう。結論、かなり遠い。成田までの倍、都心から120km。約2時間の所要時間だ。水戸と言えば、納豆、水戸黄門。偕楽園で梅でも見ようかな、などと思っていたが春雨でそれも叶わず。楽しみは往復の車の中で聴く音楽のみ。長い道程に相応しいのはやはり巨大な構造物ブルックナーのシンフォニーだ。持ち込んだのは、セルジュ・チェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団でシンフォニーの7番。セルジュ・チェリビダッケは変人として名高い昔気質の巨匠。フルトベングラーのベルリンフィル後継者の座をカラヤンと争った大指揮者だ。残念ながらこの争いには敗れたチェリビダッケ。このことにより2人は音楽への態度においても対極へ分かれていく。精力的なレコーディングで名声を獲得していくカラヤン。一方、レコーディングを否定し、徹底的にライブ演奏にこだわったチェリビダッケ。2人は犬猿の仲と言ってもよく、チェリビダッケのインタビューで有名な一言がこれ。カラヤンの演奏をよく言わないチェリビダッケに対してインタビュアーが「カラヤンは世界的に有名ですが?」と語りかけた。チェリビダッケはこう答えたと言う。「コカ・コーラだってそうさ。」
 当時中学生だった(たぶん・笑)僕はこのエピソードを読んでこの人が結構好きだと思った。何で読んだのか思い出せないのだが。しかし何しろライブを録音させない幻の巨匠。NHK-FMで数回オンエアを聴いたことがある程度だった。1990年にミュンヘンフィルと来日した際、僕はブルックナーの7番を聴きにオーチャードホールへ向かった。ホールが鳴るというのはこういうことなのか。ブルックナーの音楽はこういうものだったのか。チェリビダッケはもうかなりヨボヨボに近かったのだがまだ立って指揮をすることができた。しかしこの一人の男性がこの夜の空間と時間を完全に支配して、聴衆の心を奪って見せた。素晴らしい演奏だった。カーテンコールは延々と続き、オーケストラがステージから姿を消しても聴衆は帰らなかった。聴衆に応え、ステージ横に姿を見せるチェリビダッケ。その表情は満足しきっているように見えた。
 彼の死後、遺族の意向でCDが発売されはじめた。いずれも高い評価を得ている演奏。しかし何故だろう。頑なに録音を拒み、ライブ演奏にこだわり続けたチェリビダッケの録音はやはり僕の心に迫らないのだ。考えすぎかな。でも7番の演奏なら、カール・ベームがウィーンフィルと録音した70年代の演奏がいい。僕のチェリビダッケ体験はミュンヘンフィルとの一夜だけ。でもそれでいい。

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Comments

どなたかは分かりませんが、チェリビダッケの音楽観について
有意義なエッセイを見つけました。
備忘録として記録します。
演奏、音楽、体験。
チェリビダッケが稀有の思想家であったこと、
あわせて理解できます。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~chouse/essay.html#Anchor18847

Posted by: umi | April 08, 2005 at 03:00 PM

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» 第1回 セルジュ=チェリビダッケ&ミュンヘンフィル 「ブルックナー交響曲第8番『リスボンライブ』」 [ぶらーぼぉ。]
       『ぶらーぼぉ。度』 : ★★★★★  「あまりにも美しく、雄大なブルックナー。  チェリビダッケ音楽... [Read More]

Tracked on March 22, 2005 at 10:43 PM

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