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September 29, 2007

マーラー交響曲第9番について vol.1

Mahler9_2夕食中、妻に電話。
話しながら涙を見せる妻。
何事だろう?
近親者の死であった。
それも突然の。
享年49歳。

人は死ぬものです。
しかし、その一つ一つはどうしようもなく悲しいものです。
その一方で、死は救いでもあります。
母なる自然に還り、無となれるからです。
死を一歩引いて感じることができるのは、人間だからでしょうか。
動物は死を個体の死としてしか捉えられないのではないか、
と僕は推測します。
しかし、僕たち人間は、死をもっと広く捉え直すことができます。
そんな能力をなぜ僕たちは持っているのでしょう。
無意識に刻まれているから? 神が与えたから? それとも?

死者の冥福を祈りながらも、死を受け入れるとき。
そんなとき、僕の頭の中にはいつも、
マーラーの交響曲第9番の終楽章が聞こえるのです。
その演奏は決まって、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮、
シカゴ交響楽団
のイメージを伴うのです。

ゆったりと、大きく、流れゆく音楽。
個から全体。家から街、地図から地球。
星図から宇宙へとどんどん引いて行くような、
そんな気にさせる演奏は、ジュリーニ&シカゴ響以外にありません。

ブーレーズの純音楽的アプローチはこの曲に関しては
好きになれず、また彼のアゴーギグは僕には速すぎます。
シノーポリの演奏は、朗々とし過ぎ、
逆にバーンスタインとアムステルダムコンセルトヘボウ響盤は
重く、荒く、劇的すぎて、個の人生を説いて聞かされるような、
少し押し付けがましい印象を否めません。

晴れた日に、空から人を見るような、そんなジュリーニの演奏が
やはり僕には一番愛すべきマーラーの第9番なのです。

死した人よ、安らかに。とこ永遠に、とこ永遠に。

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September 25, 2007

ハゲタカ

Hagetaka流れで読んでみた。
結果として、凄く面白かった。
主人公の鷲津がいい。
NHKの土曜ドラマでは
この鷲津役に似ている、という
有り難い批評を頂戴したおかげで、
このストーリーに興味が湧いたということもある。

実際、なかなか楽しめる経済小説だった。
ハゲタカという名詞自体はもう少し古さを否めないが、
最近の自民党総裁選などを見るにつけ、
何も変わっていない日本を再認識することはできる。
問題の深層に至らず、それを先送りする。
そんな無責任がすべてを腐らせて行く。
思うところは多い。
やるせなさ。怒り。絶望。
それを出発点として次に向かっていけるのか。
それが問われている。

僕に印象が似ているという鷲津。
テレビでは、NOKIAの携帯電話を使っていた。(笑)
小説では、麻布十番に住んでいた。
でもリビングが30畳以上あるらしいので、ちょっと僕とは違うが。
愛車はポルシェGT3。
もちろん僕は持っていないけど、ドキッとする設定だ。
何か面白い。
実際には、生真面目なところなど、鷲津のライバルの芝野に近いかも。(笑)
まあそんなことはどうでもいいか。
でも結構楽しめました。

DVDも買ってみた。
こちらもいいけど、小説の方がいいかな。

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September 23, 2007

備忘録

普段から考えていたこと。
それと同じ言葉を見つけた。
備忘録として。

一流の知性と言えるかどうかは、
二つの相反する考え方を同時に受け入れながら、
それぞれの機能を発揮させる能力が
あるかどうかで判断される

F. Scott Fitzgerald, The Crack-up

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September 07, 2007

東京フィル第739回定期演奏会

3月のマーラー5番の演奏に感銘を受け、また経営についてもインスピレーションを与えて頂いたことに感謝し、東京フィルの賛助会員になった。僕の会社が少しでもこのオーケストラの演奏を維持し発展させていくことの役に立てばと思う。素直な演奏という美点を失わず、よりよいオーケストラになっていただけると嬉しい。賛助会員になって初めてのコンサートは、この春夏に改装なった新生サントリーホール。指揮は音楽監督のチョン・ミュンフン氏。さてその演奏は? 新しいサントリーホールも気になるぞ。

18:20過ぎにサントリーホール前へ。チケットを受け取る。そして定番のオー・バカナルで開演前の腹ごしらえ。ビールとワインのお供はキッシュロレーヌと田舎風テリーヌ。18:55にはサントリーホールへ入場。うーん、どこが変わったのかな?バーカウンターやカフェコーナーが少し変わったような気がする。クロークは同じ? 1階中程の席へ。おお、ホール全体が明るくなっている。壁面の木部材が全面的に換えられたようだ。面構成も大分以前と違う。今回の改装は音響を最大課題として行われると聞いていたが、実際内装が華美に変わった点は少ないし、本質的な改装だったようだ。ステージ横の反響板も形状が変わっている。実際の音はどうだろう?

チョン・ミュンフン登場。温かい拍手が起こる。この指揮者が聴衆に愛されていることが分かる。曲はブラームス作曲、ハイドンの主題による変奏曲。冒頭でオーボエが提示する主題が展開されていく変奏曲である。個人的にはそれほど好きな曲ではない。どうにも冗長な気がして。音響も少しこじんまりした印象だ。木管楽器の調子は良さそう。前半2曲目は、コダーイのガランタ舞曲。これは素晴らしい演奏だった。オーケストラの表情がブラームスから一変する。情熱的で表情豊かだ。チェロからホルンへと受け継がれる主題、ボヘミア民謡のなんと魅力的なことか。クラリネットのソロがなかなか聴かせる演奏で素晴らしかった。弦楽の伴奏でクラリネットが少し気だるく少し田舎っぽいメロディを歌う部分。この空気感何かに似ているなあ、と思った。そうだ!ノラ・ジョーンズだ。ボヘミアとアメリカのカントリーソングにこんな共通点があったとは。後でスコアを見てみよう。(笑)速いパッセージとリズムの交錯が目まぐるしい舞曲が特徴的なアクセントで終末を迎える。ブラボーの声がかかる。よい演奏だ。

コーヒーブレイクを挟んで、本日のメイン、ドヴォルザークの交響曲第7番。ドヴォルザークの交響曲と言えば、第9番「新世界より」が最も有名。全4楽章すべての主旋律を口ずさめる人も多いはずだ。正直な話、1番から6番までは駄作。僭越ながら、7番も僕に言わせると微妙な線である。第1楽章の主題提示部と第3楽章の舞曲以外にあまり魅力的な部分はないように感じる。この第7番のシンフォニーはブラームスの第3番シンフォニーに影響を受けて作曲された。確かに音響やオーケストレーションに似通った点も多い。しかしなんと違うことか。ブラームスのシンフォニーの随所に見られるロマンティックな表情、優雅なハーモニーはここにはない。そこここにキラリと光る魅力ある旋律が隠れている。しかし何とも退屈だ。交響曲作家としてのドヴォルザークはやはりブラームスをはじめとする古今の大家に一歩劣る印象。終楽章のコーダがピカルディの3度で短調から長調へと変化して結ばれる。よい演奏だったのだろう。またもブラボーの歓声が飛ぶ。スタンディングオベーションの人もちらほら。しかしどうもこのドヴォ7は僕にはいまひとつだった。この秋最初のコンサートだからか、アンコールで改めて3楽章を聴いた。これがこの曲の白眉か。チョン・ミュンフンがこの交響曲、とりわけ第3楽章が好きなのだろう。パッとしない曲でも大好きな曲、誰にでもあるのだろう。面白いものだ。

●演奏曲目
   ハイドンの主題による変奏曲作品56a(ヨハネス・ブラームス)
   ガランタ舞曲(ゾルタン・コダーイ)   
   交響曲第7番二短調作品70(アントニン・ドヴォルザーク)

●演奏
   チョン・ミュンフン(指揮)
   東京フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)

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September 06, 2007

iPod touch

Ipodtouchheroうーん、すごい。
これ明らかに日本市場をターゲットにしてるよね。
売れるだろうなあ、やっぱり。
当然僕もアップルストアでポチっとな。(笑)

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September 01, 2007

横綱

毎日毎日、相撲の話題ばっかり。
いい加減にしてよ、どうでもいいよ、
答えは分かりきっているではないか、
と言いたい人も多いと思う。

結論。
早く彼から横綱の称号を剥奪すればいい。
強いから横綱にしておいて、
後から品格を問題にするのはおかしい。
そもそも強いだけではダメ、品格がなければ横綱ではない、
というならば、彼をそれにしてはいけなかったはずだ。
それを興行的観点で有耶無耶にしたからいけないのだ。

相撲協会は、相撲そのものや横綱の価値を守る、
という視点が欠けていたのだろう。
もしくは分かっているつもりで分かっていなかったのだろう。

卓越したブランドを提供している企業は
その商品の価値を徹底的に守ろうとする。
フェラーリ然り、ポルシェ然り、先のIWC然り。
シャネル然り、カルティエ然り、ヴァンクリーフ然り。
性能が高ければ何でもフェラーリを名乗れる訳ではないのだ。
それが当然なのだ。

どんなに強くても、大関どまり。
決して横綱にはなれない。
だからこそ、横綱に価値がある。
それが本当の姿だろう。
横綱とは何だったか、何にしたいのか、熟考したまえ。
自らが落とした価値の回復はまずそこからだ。

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